前日の27日は観艦式の予行を堪能した後、友人Idioten氏の家に泊めてもらい、所蔵する秘蔵のビデオを細切れに見せられたことは前回も書いたとおりだが、28日の朝も中国製の字幕無しDVD、それも中国軍が日本軍に勝利するという中国映画のDVDを速回しで見せられた。
何でもこの戦いで日本軍は負けはしたものの見事な退却を演じたとIdioten氏は絶賛していた。
この日私は横須賀の各地で一般公開されている護衛艦などの満艦飾を見に行くつもりで、Idioten氏にも一緒に行かないかと尋ねてみたが、残念ながら今日も仕事だということで、私一人で行くことにした。
Idioten氏の出勤に合わせて私も早々に家を出て、横浜駅から京急の特急に飛び乗った。
事前の調査で判っていたが、この日一般公開があるのは、北から船越岩壁、吉倉桟橋、横須賀新港の3カ所で、帰りのことを考えて、とりあえず一番南の横須賀新港から見ていくことにした。
最寄り駅の横須賀中央駅で降りて、歩いていくと道の途中に海上自衛官が案内のために立っていて、迷うことなく行くことができた。
少し歩いていくと、道路の向こうにそれらしい物を見つけた。(下図)

そちらに向かっていくと、一般公開の表示を見つけた。(下図)

そのまま中に入っていくと、2隻の護衛艦が停泊していた。(下図)

ここでも金属探知器と持ち物検査があったが、それをパスして中にはいると、護衛艦“むらさめ”と“おおなみ”への乗込口があった。(下図)

まずは岸に近い“おおなみ”へ乗り込み、中を一回りした。艦橋まで上がって下を見下ろすと前甲板の主砲塔が見えた。(下図)

また、艦橋内を見回すと、戦闘態勢表示板というものがあった。(下図)

これはどうやら戦闘時に各兵装の状態を表示するもののようだ。かなり前に特務艦に所属替えされた旧式の護衛艦に乗ったときは、ランプが一列に並んでいるだけだったが、最近は艦のどこに位置する兵装か一目で分かるようになっている。
艦橋を見終わった後、ラッタルを降りようとしたとき、壁に電話機があるのを見かけた。(下図)

見るとドコモの電話だった。衛星電話もドコモ製とは、NTTはこんなところにも入り込んでいるんだなと変に納得してしまった。
その後順路に従って進んでいくと、隣の“むらさめ”へ渡るようになっていたので、そのまま進んでいった。
やはり順路に従ってぐるぐる廻っていくと、後甲板にでた。ここには対潜ヘリの格納庫があった。(下図)

ここで、立ち番をしていた乗組員に「隣の船とは形が似ているが、どう違うのか」と聞いてみたが、要領を得ない回答だった。乗組員でもよく説明できないようだ。
その後、前甲板に行った。主砲を見ていると、隣の“おおなみ”とは違っていることに気づいた。(下図)

データ的にはどちらもOTOメララ製砲だが、“むらさめ”型搭載砲は76mm砲で、“たかなみ”型搭載砲は127mm砲になっているので、砲塔の形も異なっているわけだ。
2隻の中を一通り見終わったので、横須賀中央駅へと戻っていった。その途中に変なものを見つけた。(下図)

これは横須賀名物海軍カレーのマスコット“スカレー ”で、ここは横須賀の観光案内所と横須賀海軍カレー本舗があるYYポート横須賀の前だった。
ちょっと興味が出たので中にはいると、横須賀の海軍カレーと名の付くものが、いろいろと並べてあった。
店員に売れ筋を聞いてみると、やはり自前の商品を勧めてきた。(下図)

どれも大して変わらないだろうが、佐世保などで見かけたのと同じ物は避けようと思ったので、お勧めの物を買うことにした。
そして、横須賀中央駅から京急で汐入駅まで移動し、徒歩で吉倉桟橋を目指した。
その道すがら、臨海公園の中を通っていると、向こう岸に潜水艦が停泊しているのを見つけた。(下図)

停泊しているのは、この2隻だけでなく、他に何隻もいた。(下図)

潜水艦の群れの向こう側には何かいるようだが、この位置からではそれが何かよく分からなかった。
そして、行き先の方に目を向けると、護衛艦の群れが満艦飾で並んでいた。(下図)

これだけいるとは、やはりここが横須賀基地の中心地だと確信し、足を速めた。
そうして進んでいくと、横須賀基地の入り口が見えてきた。そこには今日公開されている艦が表示されていた。(下図)

今日は“ちょうかい”も公開されている。今回の目的の一つは、イージス艦に乗ってみるということもあるので、それはクリアできそうだ。
入り口を抜けて進んでいくと、立派なゲートが立っていた。(下図)

ゲートの向こうでは、やはり手荷物検査と金属探知器のチェックがあり、無事パスしたので、奥へ奥へと進んでいった。
しばらく進むと、正面に先ほど公園で見た艦艇群が見えた。(下図)

近づいていくと、今日停泊している艦の名前と公開状況を表示する看板があった。(下図)

やはり最初は、最大の目的である“ちょうかい”から乗艦することにした。(下図)

“ちょうかい”はその外見から舷側の一部が覆われているため、ハッチから中に入った。(下図)

そして艦橋に上がっていき周囲を見渡すと、停泊している艦がよく見えた。(下図)

また、先ほど潜水艦の向こう側に見えた艦もよく見ることができた。(下図)

どうやら、こいつは米艦らしい、ということは向こう側は米軍基地なのだろうか。
そして、艦橋内にはいると、カバーが掛けられている機材があった。(下図)

これまでの一般公開では、このようなことは無かったが、さすがにイージス艦では一般に見せるわけには行かないものがあるのだろう。
その後、艦内を一通り見て回った。その時、意外だったのは“ちょうかい”の食堂が他の艦と比べると、結構広かったことだ。(下図)

この大きさはやはり、大型艦ゆえにだろう。そして艦外に出て、隣の“たちかぜ”に向かった。
“たちかぜ”の艦橋から後方を見ると、“ちょうかい”のVLSが見えた。(下図)

これまで行った護衛艦の一般公開では、VLSを上から見る機会はなかったので、これは貴重なものだ。
その後、艦橋を降り、前甲板で“たちかぜ”の主砲を見ているときにふと気が付いたが、砲塔前面にバスケット状のものがあった。よく見ると主砲下部に、おそらく薬莢排出口と思えるものを見つけた。(下図)

これまで、これらの自動砲は排莢をどうしているか疑問だったが、これでその疑問が解けた。
“たちかぜ”に続き、隣に係留されている“たかなみ”に乗り移った。艦内を廻っているとき、前甲板にカメラクルーがいるのを見かけた。(下図)

どこのテレビ局かは判らなかったが、夕方のニュースででも放送されたのだろう。
また、“たかなみ”の食堂では、非常用糧食の展示をしていた。(下図)

乾パンの試食もあったのだが、口の中がカラカラで、とても食べられる状態では無かったため、それはあきらめた。
“たかなみ”を見終わった後、桟橋を歩いて次の公開艦“あさかぜ”へと向かった。隣に停泊している“くらま”を清掃しているのを見かけた。(下図)

明日は首相が乗る本番だけあって、念入りに水垢を落としていた。さすがに観閲艦は気合いの入れ方が違う。
“あさかぜ”には、接岸している“はるさめ”を通って乗り込んだ。と思ったら、順路はさらに隣のミサイル艇へとなっていたので、そちらを先に見ることになった。
ミサイル艇“しらたか”は小型艦艇なので、一言で言えばどこも狭く、艦橋も人が通るのが精一杯だった。(下図)

しかし、小型艦艇とはいえ搭載しているのは、90式対艦ミサイルなので、その攻撃力は非常に高い。
このほか、両舷に銃座があり、残念ながら外されていたが、ミニミ機銃が搭載できるようだ。(銃座にそういう記述があった)(下図)

“しらたか”を見終わった後、“あさかぜ”の艦内を廻ったが、あまりに多くの艦艇を見てきたので、そろそろ何が何か判らなくなってきた。
後甲板に出るとそこにはスタンダードミサイルがあった。(下図)

今となっては旧式装備だが、“こんごう”型イージス艦ができるまでは、これが艦隊防空を担っていたのだ。
“あさかぜ”を見終わり、吉倉桟橋の公開艦全てを見たので、再び汐入駅へ急ぎ向かった。途中JR横須賀駅の前を通りかかったときに、ここにもスカレーの像があることに気づいた。(下図)

後で気づいたが、横須賀中央駅にもあった。どうやら、これは横須賀を代表するマスコットのようだ。
そして汐入駅から京急で田浦駅へと移動した。駅から船越岩壁まで徒歩で移動したとき、時間は午後4時を回っていた。
入り口には、他の所と同じくこの日公開されている艦名が表示されていた。(下図)


ここでは、護衛艦ではなく掃海母艦の“ぶんご”と潜水艦救難艦の“ちはや”が公開されていた。
恒例となった手荷物検査と金属探知器のチェックを抜けると、バスに乗り込み公開場所に向かった。
まずは“ぶんご”の方を先に見ることにした。この“ぶんご”は巨大な船で、甲板が高い位置にあるため、そこまで上がるラッタルが以上に長かった。
そして、艦橋に上がってみると、巨大な船体にふさわしく他の護衛艦などと比べて非常に広かった。(下図)

掃海母艦ということで、武装はないかと思っていたら、前甲板に76ミリ砲が装備されていた。(下図)

その後、後甲板に行ってみると、ヘリ格納庫と広大な発着甲板があった。(下図)

ヘリ格納庫で子供向けのイベントをしていたが、さすがにお呼びでないのでスルーした。そして、一通り見終わったので、岩壁に降りて、“ちはや”へと向かった。
“ちはや”の装備で最大の特徴は、潜水艦救難用の潜水艇だろう。(下図)

これが動くところを見てみたいものだが、その時は本当に事故が起きた時だろうから動かない方が平和なのだろう。その後後甲板に行くと、何か式典が行われていた後のようだった。(下図)

公開されていた2隻を見終わったので、基地内を歩いてゲートへと向かった。途中放送で日没が4時59分なので、それと同時に国旗の降納が行われるため、黙祷を捧げてもらいたいとあった。
そして田浦駅から再度汐入駅に移動し、臨海公園で午後6時からの電灯艦飾が始まるのを待った。
考えることは皆同じようで、ここで電灯艦飾を待っている人が大勢いた。
何とか場所を確保し撮影してみたが、三脚を持って行っていなかったので、どうしても手ぶれしてしまった。(下図)

また、電灯艦飾はしていなかったが、潜水艦が停泊しているところもライトアップされていた。(下図)

とりあえず、これだけを撮影した後、大急ぎで駅まで移動し、予約していたこの日の宿に向かった。
こうして、観艦式見学の2日目は終わった。
そして翌29日、本来ならこの日乗艦するつもりで予定を組んでいたので、丸々1日時間が空いてしまった。
Idioten氏もこの日別に用事があるそうなので、毎年恒例の靖国参拝とゲーム屋巡りをすることにした。
まず、新宿イエサブに行ってみたが特にめぼしい物は無く、メックのブースターも秋葉原店にしかないとのことだった。
その後、地下鉄で九段下まで移動し、靖国神社へ行った。(下図)

今回は遊就館も見て回った。その昔、遊就館は撮影自由だったが、今では入り口の零戦など一部しか撮影を認められていない。
その後、売店でおみやげに「晋ちゃん饅頭」(下図)を購入して靖国神社を後にした。

この後、神保町の古本屋街を見て回り、水道橋のメビウスも回ったが、まだまだ帰りの飛行機までには、まだまだ時間が余りきっていた。
とりあえず、久々に上野動物園に行き、いろいろな動物を見て回ることにした。さすがに昨日から歩きづめだったので、少々疲れたが、パンダを始め普段見られない動物を見ることができた。(下図)

上野動物園は午後4時で閉園なので、時間ぎりぎりまで見て回ったが、まだ時間があるので、イエサブ秋葉原店に行ってみることにした。
秋葉原駅は、内部構造が以前来たときと変わっていたので、少々迷いながら何とか外に出た。
そして、イエサブに向かっていく途中、メイドさんの格好をした人がビラ配りをしていた。
噂には聞いていたが、表通りでメイドの格好をした人を見かけるとは思わなかった。
イエサブ秋葉原店で、メックのブースターを買い求めた後、まだ早いが羽田空港に向かうことにした。
東京モノレールで羽田空港に着くと、まず搭乗手続きをして手荷物を預けた後、空港内を見て回ることにした。
空港の売店を見て回ると、ここでも「晋ちゃん饅頭」が売っていた。「純ちゃん饅頭」の時は、靖国の他には東京駅の地下街でしか売っていなかったのが、ここまで進出してきたとは驚いた。
そうして、なんとか時間を潰して、出発時刻になったので、スターフライヤーの夜間便で北九州空港へ向かった。
行きと同じくスターフライヤーの乗り心地は快適で、旧空港時代の飛行機と比べると雲泥の差がある。
そして、何とか新北九州空港に降り立ち、家に帰り着いたときには、午前0時を回っていた。
さすがにこの日は仕事があるので、そのまま寝ることにした。
今回は幸運にも恵まれ、観艦式の観閲部隊の護衛艦に乗るという貴重な体験をすることができた。
また、これまで見ることのできなかったイージス艦も見ることができた。十分な成果と言えよう。
しかし、反省点も多々あるので、これは3年後、次回観艦式までの課題としよう。
(終わり)
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