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September 22, 2005

9月17日 海外紀行 ウラジオストック その2

 朝、昨夜仕掛けておいた目覚まし時計が鳴ったので目が覚めた。時計を見ると、時間は現地時間の午前6時。日本時間なら午前4時だ。
 窓の外はまだ暗く、夜も明けていない頃だが、朝食が7時からなので、これぐらいに起きておかないと、日本の旅館のように浴衣でうろつける所ではないので、着替える時間が無くなる。
 とりあえず、部屋に備え付けのテレビで唯一映る日本語放送、NHKのBSを見ながら身支度を調える。多少雑音が混じっているとはいえ、こんな所でも映るとはBSも高い受信料を取るだけのことはあるのだなと思った。

 そうしている内に7時を過ぎたので、2階にある食堂へ行った。結構早く行ったはずなのに食堂には結構人が入っていた。
 朝食はバイキング方式で、内容は日本のホテルと比べると、それほど大きな違いはないが、さすがにみそ汁や納豆はなく、主食も黒パンをはじめとするパン類だった。
 しかし、韓国系のホテルだけあってか、白いごはんとキムチはあった。

 とりあえず、旅行中は不足しがちな野菜類を多めに、その他の物を少しずつ皿に取り空いている席に着き食うことにした。
 食い終わった後、部屋に戻り窓の外を見ると、だいぶ明るくなってきた。そして、ウラジオストック2日目の夜が明けた。


 昨日の夜は暗くて判らなかったが、部屋の窓からウラジオの港が見えた。(下図)

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 ウラジオ艦隊の軍艦と思われる艦船が数隻見える。あれを間近に見る機会はあるのだろうか?
 窓ガラスに水滴が付いているので、窓を開けてみると、外は雨だった。せっかくのウラジオ観光が雨とは、残念だが仕方がない。
 また、窓を開けたとき、海の近くなので普通なら潮の香りがしそうなものだが、ここでは重油の臭いがした。これは、公害防止の規制がされてないのだろうか?

 そうしている内に集合時間となり、ウラジオ市街の観光に出かけた。
 この日の予定は、中央広場と戦士の像、C-56潜水艦博物館、ニコライⅡ世凱旋門、鷲の巣展望台、要塞博物館、昼食の後、シベリア鉄道体験乗車、郊外のロシア人宅訪問、バザール見学と目白押しになっていた。

 バスに乗り、まずは沿海州政府中央広場へと向かった。ここでは革命戦士の像を見学となっていた。
 この広場、各種イベントが行われるらしいが、この時は特に何も行われて無かったので、革命戦士の像(下図)を除けば、ただの空き地でしかなかった。

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 これらの戦士像は、特定の人物を表しているのではなく、革命に参加した無名戦士一般を表しているそうだ。いかにもソ連邦時代に作られた像といったところか。
 また、広場の周囲には、昔の面影を伝える欧州風建物が数多く保存されていた。(下図)

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 これって、門司港レトロのようなものかと思ったが、これらの建物は人為的に移設されたものではなく、沿海州政府が観光資源保護のため、入居者に保存を義務づけているそうだった。

 中央広場を一通り見終わると、再度バスに乗り、C-56潜水艦博物館、ニコライⅡ世凱旋門へと向かった。
 この二つは同じ所にあり、バスを降りると、正面には陸揚げされた潜水艦の巨体があった。(下図)

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 潜水艦に入る前に、まず大祖国戦争の戦勝記念モニュメント(下図)についての解説があった。これは戦没者を祀る意味もあるようで、壁面にはそれを表す文字とレリーフが、びっしりと刻み込まれていた。

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 大祖国戦争とは、知る人ぞ知る第2次世界大戦において1941年から1945年にかけて行われた独ソ戦のソ連側の呼称だが、このモニュメントの両側にはそれを表す物が立っていた。(下図)

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 1941年側の上にあるのは、どう見てもT-34/76戦車の砲塔だが、戦車丸ごとではなく砲塔だけを置いているとは、これを作った人は一体何を考えていたのだろう?

 説明が終わると、C-56潜水艦博物館に入っていった。潜水艦にはどうやって入るのかと思っていたが、右舷側にはちゃんと出入り口が整備されていた。(下図)

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 この潜水艦は第2次世界大戦で活躍したそうだが、ソ連軍の潜水艦の話など日本では聞くことがないし、展示に書いてある文字も読めないので、一体どこで何をしたのかよく分からない。
 入り口から艦内にはいると、そこは元機関室でエンジンを取り外して展示室にしていた。(下図)

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 先に進んでいくと、だんだん通路は狭いハッチとなってきた。このあたりは潜水艦らしい作りだ。そうして、司令室にたどり着いた。(下図)

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 通路もそうだが、この司令室も一言で言って非常に狭い。この潜水艦自体が日本の伊号潜水艦などと比べて半分ぐらいの大きさなので、狭いのは当然なのだが、これに乗っていたのは大柄なロシア人なのだから、この船の乗組員は、一体どういう生活をしていたのだろう?

 何とか潜水艦の中をくぐり抜け、船首までたどり着いた。ここでロシア水兵のコスチュームを着て写真を撮らないかとロシア人に勧められたが、有料だったのでやめにした。

 C-56潜水艦博物館を出ると、すぐ近くにあるニコライⅡ世凱旋門を見に行った。(下図)

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 これは、ロマノフ王朝最後の皇帝ニコライ2世が皇太子だった頃、ウラジオストック訪問を記念して建てられたのだが、その直前に大津事件で負傷し、このため予定が繰り上がりウラジオ訪問が1ヶ月早まった。突如の予定変更で訪問前の完成が危ぶまれたが、何とか間に合ったという逸話があるそうだ。
 その後、ロシア革命でロマノフ王朝が倒れ、ソ連邦になった後、この凱旋門は帝政の象徴として取り壊されたのだが、2003年に復元されたそうだ。

 上の画像では暗くて判りにくいが、この日、ここでは結婚式が行われていた。このため近くの道路には飾り付けられた車があった。(下図)

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 ガイドが言っていたが、ウラジオを走っている車の99.9%は日本車で、残りをロシア国産車をはじめとする他の国の車が分け合っている。このハネムーンカーもそうだが、町中で見かける車も日本車以外を見つける方が難しかった。

 一通り見学が終わるとバスに乗り、次はウラジオストック中央駅を見学に行った。(下図)

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 午後からシベリア鉄道の体験乗車があるのだが、その時に見学の時間が取れそうにないので、先に見ておくとのことだった。また、駅前にはレーニン像があった。(下図)

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 レーニン像の右手は海を左手は地面を指しているが、これは海に出て稼いできて、ウラジオでつかえという意味だとガイドが言っていたが、本当だろうか?

 駅舎に入ると、ここでは天井を見てもらいたいとガイドが言っていた。駅舎の天井にはフレスコ画が描かれていて、この絵はモスクワの駅舎と同じ物だそうだ。(下図)

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 ガイドが午後からの体験乗車の切符を買ってくると言い行ってしまったので、しばらく駅舎の中やホームを見ていた。
 駅舎そのものは、そう大きなものでは無いが、ここがシベリア横断鉄道の終着駅だと思うと感慨もひとしおだ。(下図)

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 すると、同じツアーの一人が、駅のトイレに行ったら有料で3ルーブル取られたと言っていた。町中に有料トイレがあるということは聞いていたが、駅のトイレまでそうとは思わなかった。

 ガイドが戻ってくると、駅舎を出てホームを見に行った。入場券が無くて良いのかなと思ったが、日本と違い駅には改札が無く、駅舎の外の陸橋からすぐホームに降りることができた。
 降りたホームには、ウラジオストック駅の象徴である9288キロポストがあった。(下図)

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 この柱は、ここウラジオストックが、モスクワから9288km離れていることを表しているのだが、ガイドブックによると、この9288と言う数字は、現在の営業キロとも2001年6月以前の営業キロとも違うそうだ。では、一体いつの数字なのか聞いてみたが、残念ながら誰も知らなかった。

 この他、第2次世界大戦当時シベリア鉄道を走っていた蒸気機関車も展示してあった。(下図)

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 台座に由来が書いてあったが、ロシア文字だったので残念ながら読めなかった。これらを見終わった後、ウラジオストック中央駅の隣にある船の貨客ターミナルを見に行った。(下図)

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 このターミナルからは、港の様子を見ることができた。(下図)

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 陸と海のウラジオストック駅を見た後、バスに乗り、次の見学予定の要塞博物館へと向かった。

 要塞博物館は、その名の通り、元々はアムール湾に面した高台にある海岸防衛用の要塞を博物館にしたもので、一番高いところに登りアムール湾を見てみた。(下図)

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 ここには、艦砲を陸揚げしたような砲台が多数あった。これらは自由に動かして良いそうだ。(下図)

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 また、ここでの一番の出し物は、正午に行う午砲で、本物の大砲を使って空砲を撃つため、空砲の破片で以前けが人が出たことがあるそうだ。このため、午砲を撃つときに大砲正面に立ってはいけないとガイドが言っていた。(下図)

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 この日は、午砲にはちょっと早めに着いたので、展示物を見て歩いた。ここには色々な兵器が展示してあったが、中には何でこんな物がと言う物が多数あった。(下図)

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 上は旧日本軍の大砲で、説明書きには38式(アリサカ)75mm砲と書いてあった。形から見て、改造38式野砲ではないかと思われる。

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 上は、どう見ても第2次世界大戦にドイツ軍が使っていた37mm対戦車砲だ。この対戦車砲は、当初は戦車の装甲がそこまで厚くなかったので使えたのだが、独ソ戦ではT-34やKVの重装甲に全く歯が立たず、ドアノッカーという別名をもらってしまい、二線級兵器となったものだ。
 これらは戦時中の鹵獲兵器だろう。でも旧日本軍の物は判るが、なぜドイツ軍の物があるんだ?

 また、ソ連軍時代の装甲車も展示してあった。(下図)

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 この他にも多数の兵器が展示してあったのだが、見学時間が決まっているので、じっくり見ることはできなかった。
 そうしている内に午砲5分前のアナウンスがあったので、大砲の所に行った。すると、ここでも結婚式が行われていた。(下図)

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 午砲を合図に宣誓でもするのかなと思っていたら、その午砲が不発だった。(下図)

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 再整備後、2発目は無事発射されたが、その轟音は花火の比ではなく、耳を塞いでいたにも関わらず、しばらく耳鳴りがした。

 午砲を見終わると、バスで昼食会場へと向かった。昼食はノスタルジアというレストラン(下図)で、ビーフストロガノフがメインとのことだ。
 ここではキャビアの試食もするので、気に入ったら買ってくれとガイドが言っていた。

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 出された料理は下の通り。後から気づいたが、肝心のビーフストロガノフを撮り忘れていた。

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 ご存じかと思うが、ビーフストロガノフは、カレーライスに似たロシアの料理だ。カレーライフと比べると、ルーがやや水っぽく、あまり辛くない。

 また、このノスタルジアというレストランは、内装はワインレッドを基調とした豪華な作りで、壁にはロマノフ王朝の皇帝や皇后と思われる肖像画が多数掛けてあった。

 食事中、キャビアの試食が廻ってきたので少し食べてみたが、イクラと同じような味がした。値段も50gが4千円もするので、値段的には国内で買うより安いのだが、私は買わないことにした。

 食事が終わる頃、同席した同じツアーの人が、店の外でタバコを吸っていると、嫌なものを見たと言って戻ってきた。
 この時、私たちの他にも日本人観光客の一団がいたのだが、それを連れてきたロシア人ガイド(私たちのガイドより若い美人のネーチャンだったので、目立っていた)が、店の者からキックバックを受け取っていたのを見たそうだ。
 その人の話では、こんな事は日本でもあることだが、それにしても客の目につくような所でするとは信じられないと言っていた。
 その後、この人は旅行業界の裏話をたくさん披露した。

  こうして、17日午前中の観光はなんとか終わり、午後の観光へと続いていくのだった。

 (続 く)

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Comments

  idiotenさん、こんにちは。いつもコメントありがとうございます。

 申し訳ありませんが、今回この記事に書いてくださったコメントは、公開ブログに書くには不適当な記述がありましたので、削除しました。

 ご了解の上、またコメントをお願いします。

Posted by: Ryofu | October 05, 2005 at 10:55 PM

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